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【書評】転職の思考法(北野唯我):「市場価値」という言葉を、初めて腹落ちさせてくれた本

転職するかどうかより、「自分の市場価値を把握しているか」が問われる本だ。ITエンジニア × 診断士学習中の視点で読み直すと、書いてあること以上のことが見えてくる。

あっつん
あっつん
IT engineer × 投資家 · 2026.04.16 · 7 min read
【書評】転職の思考法(北野唯我):「市場価値」という言葉を、初めて腹落ちさせてくれた本

転職しようとして手に取ったわけではなかった。「市場価値」という言葉が漠然と気になっていて、それを定義してくれそうな本を探していたら、この本に行き着いた。

読んで最初に思ったのは「なぜ誰も学校でこれを教えてくれなかったのか」だった。

この本が言っていること

著者の北野唯我は元P&G・ボストンコンサルティング・ワークスのキャリアを経た人物で、本書は主人公・青野が転職コンサルタントの黒岩と対話しながら「転職の思考法」を学ぶストーリー形式で書かれている。物語仕立てなので読みやすいが、中身は骨太だ。

本書の核心はマーケットバリュー(市場価値)の3要素にある。

要素 内容 蓄積の特性
技術資産 専門性・経験(レアなスキル) 20代に積みやすい
人的資産 人脈・信頼・ブランド 30代以降に重みを増す
業界の生産性 所属業界そのものの市場規模と成長性 個人では変えにくい

この3要素のうち、多くのエンジニアが「技術資産」しか見ていない。しかし業界の生産性が低ければ、どれだけ技術を磨いても、市場全体のパイが縮んでいる中で戦い続けることになる──という指摘は、刺さった。

もうひとつ重要な概念が「To Do型」と「Being型」の区別だ。

  • To Do型:「何をやりたいか」が軸。やりたいことが明確で、それを実現できる会社を選ぶ
  • Being型:「どうありたいか」が軸。どんな人間でいたいかが先にあり、仕事はそのための手段

著者は日本人の大半がBeing型だと言う。「やりたいことがわからない」と悩む人は、To Do型を目指しているから苦しいのであって、Being型として「どう生きたいか」から逆算すれば道が開けることがある。

エンジニア視点で読んで気づいたこと

技術者として読むと、「技術資産の罠」という章が特に響く。

エンジニアは技術的な深掘りに価値を見出しやすい。しかし本書は「どの技術に投資するか」と同じくらい「その技術がどの業界・どのマーケットで求められているか」を考えよと言う。同じPythonスキルでも、金融×AIの文脈で使えるエンジニアと、社内ツール保守に留まるエンジニアでは、5年後の市場価値がまったく異なる。

診断士の学習を並走している今、この指摘は別の意味で刺さった。経営分析の目線でいえば、エンジニア個人を一種の「事業体」と見なしたとき、業界の生産性=参入する市場の選択であり、技術資産=コアコンピタンスに対応する。自分というリソースをどの市場に投下するかという問いは、企業の多角化戦略と構造が同じだ。

「逃げの転職」と「攻めの転職」

本書が繰り返し強調するのは、転職の動機が「逃げ」か「攻め」かで、その後のキャリアが大きく分岐するという点だ。

今の会社への不満を解消するための転職は、次の職場でも同じ不満に直面しやすい。一方、「この会社でできることはやり切った」「次のステージで試したいことがある」という転職は、マーケットバリューを上げ続ける起点になる。

この構図は、投資判断と似ている。**損失回避(今の不満から逃げる)よりも期待リターンの最大化(次のポジションでの成長)**を軸に考えたほうが、長期的な結果は良くなる。行動ファイナンスの損失回避バイアスそのものだ。

一点だけ補足したいこと

本書は一貫して「マーケットバリューを高める」ことを善としているが、ITエンジニアとして読んで少し補いたいのは「コモディティとレアさの非線形性」だ。

プログラミングができる人間は今や珍しくない。しかし「Python × 財務分析 × 診断士の知識」という掛け合わせは、単体スキルの足し算ではなく、掛け算になる。本書の技術資産の概念を、スキルの組み合わせレアリティまで拡張して考えると、エンジニアにとってはさらに示唆が深まる。

読んで変えた3つの習慣

この本を読んでから、自分のキャリアに対する姿勢が3点変わった。

① 「業界の生産性」を年1回は意識して確認するようにした

所属するプロジェクト・会社・業界が、マクロ的に成長しているのか収縮しているのかを意識して確認する習慣をつけた。市場規模の統計・業界動向のレポートを斜め読みするようになったのはここから来ている。技術力を磨くことと、磨く方向を選ぶことは別の問いだ。

② 技術スキルの「組み合わせ」を意図的に設計するようにした

本書の「技術資産」の概念に触発されて、「今の自分のスキルセットのレアリティはどこにあるか」を言語化するようにした。Python × 財務分析 × 診断士の知識という組み合わせを育てているのも、この問いの結果だ。単体スキルを積み上げるのではなく、掛け合わせで希少性を作る──という発想は、エンジニアのキャリア設計において特に有効だと思っている。

③ 「今の仕事を選んでいる」という感覚を持つようにした

本書を読んで最も変わったのは、マインドセットかもしれない。転職するかどうかとは関係なく、「ここにいるのは選択の結果だ」という感覚を持てるようになった。選択肢があると知っている状態は、心理的な安定感をもたらす。これは働く上でかなり大きな変化だった。

こんな人に特に勧めたい

  • 大企業・SIer に数年以上いて、外の相場を知らないエンジニア: 社内評価と市場評価のギャップに気づかないまま年数を重ねているケースが多い。一度この本で「外から見た自分」を想像してほしい
  • 「やりたいことがわからない」と悩んでいる人: To Do型ではなくBeing型として整理すると、霧が晴れることがある
  • 30代以上でキャリアの踊り場を感じている人: 技術資産・人的資産・業界選択の3軸で現状を棚卸しする材料になる

逆に、すでに転職活動中で「次をどこにするか」という実務的な情報を求めている場合は、この本はそのニーズを満たさない。あくまでも思考の軸を与えてくれる本であって、「具体的にどう動くか」は別で調べる必要がある。

一緒に読むと深まる本

  • 『働き方2.0vs4.0』(橘玲): テクノロジーがキャリアを変える未来を論じた本。本書の「業界の生産性」を10年スパンで考える補助になる
  • 『転職2.0』(村上臣): LinkedIn日本代表による転職論。本書より実務寄りで、「次をどう動くか」の補完になる

まとめ

転職するかどうかにかかわらず、読む価値のある本だ。「自分の市場価値を把握する」という習慣を持っていない人──特に大企業やSIer環境で、外の相場を知らずに年数だけを重ねてきたエンジニア──には特に刺さると思う。

私はこの本を読んで転職したわけではない。ただ「今いる場所の意味」と「次に向かう方向」を、以前より解像度高く言語化できるようになった。それだけでも、この一冊の価値は十分にあった。


書籍情報

  • タイトル: このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法
  • 著者: 北野唯我
  • 出版社: ダイヤモンド社(2018年)
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