【書評】転職の思考法(北野唯我):「市場価値」という言葉を、初めて腹落ちさせてくれた本
転職するかどうかより、「自分の市場価値を把握しているか」が問われる本だ。ITエンジニア × 診断士学習中の視点で読み直すと、書いてあること以上のことが見えてくる。
転職しようとして手に取ったわけではなかった。「市場価値」という言葉が漠然と気になっていて、それを定義してくれそうな本を探していたら、この本に行き着いた。
読んで最初に思ったのは「なぜ誰も学校でこれを教えてくれなかったのか」だった。
この本が言っていること
著者の北野唯我は元P&G・ボストンコンサルティング・ワークスのキャリアを経た人物で、本書は主人公・青野が転職コンサルタントの黒岩と対話しながら「転職の思考法」を学ぶストーリー形式で書かれている。物語仕立てなので読みやすいが、中身は骨太だ。
本書の核心はマーケットバリュー(市場価値)の3要素にある。
| 要素 | 内容 | 蓄積の特性 |
|---|---|---|
| 技術資産 | 専門性・経験(レアなスキル) | 20代に積みやすい |
| 人的資産 | 人脈・信頼・ブランド | 30代以降に重みを増す |
| 業界の生産性 | 所属業界そのものの市場規模と成長性 | 個人では変えにくい |
この3要素のうち、多くのエンジニアが「技術資産」しか見ていない。しかし業界の生産性が低ければ、どれだけ技術を磨いても、市場全体のパイが縮んでいる中で戦い続けることになる──という指摘は、刺さった。
もうひとつ重要な概念が「To Do型」と「Being型」の区別だ。
- To Do型:「何をやりたいか」が軸。やりたいことが明確で、それを実現できる会社を選ぶ
- Being型:「どうありたいか」が軸。どんな人間でいたいかが先にあり、仕事はそのための手段
著者は日本人の大半がBeing型だと言う。「やりたいことがわからない」と悩む人は、To Do型を目指しているから苦しいのであって、Being型として「どう生きたいか」から逆算すれば道が開けることがある。
エンジニア視点で読んで気づいたこと
技術者として読むと、「技術資産の罠」という章が特に響く。
エンジニアは技術的な深掘りに価値を見出しやすい。しかし本書は「どの技術に投資するか」と同じくらい「その技術がどの業界・どのマーケットで求められているか」を考えよと言う。同じPythonスキルでも、金融×AIの文脈で使えるエンジニアと、社内ツール保守に留まるエンジニアでは、5年後の市場価値がまったく異なる。
診断士の学習を並走している今、この指摘は別の意味で刺さった。経営分析の目線でいえば、エンジニア個人を一種の「事業体」と見なしたとき、業界の生産性=参入する市場の選択であり、技術資産=コアコンピタンスに対応する。自分というリソースをどの市場に投下するかという問いは、企業の多角化戦略と構造が同じだ。
「逃げの転職」と「攻めの転職」
本書が繰り返し強調するのは、転職の動機が「逃げ」か「攻め」かで、その後のキャリアが大きく分岐するという点だ。
今の会社への不満を解消するための転職は、次の職場でも同じ不満に直面しやすい。一方、「この会社でできることはやり切った」「次のステージで試したいことがある」という転職は、マーケットバリューを上げ続ける起点になる。
この構図は、投資判断と似ている。**損失回避(今の不満から逃げる)よりも期待リターンの最大化(次のポジションでの成長)**を軸に考えたほうが、長期的な結果は良くなる。行動ファイナンスの損失回避バイアスそのものだ。
一点だけ補足したいこと
本書は一貫して「マーケットバリューを高める」ことを善としているが、ITエンジニアとして読んで少し補いたいのは「コモディティとレアさの非線形性」だ。
プログラミングができる人間は今や珍しくない。しかし「Python × 財務分析 × 診断士の知識」という掛け合わせは、単体スキルの足し算ではなく、掛け算になる。本書の技術資産の概念を、スキルの組み合わせレアリティまで拡張して考えると、エンジニアにとってはさらに示唆が深まる。
まとめ
転職するかどうかにかかわらず、読む価値のある本だ。「自分の市場価値を把握する」という習慣を持っていない人──特に大企業やSIer環境で、外の相場を知らずに年数だけを重ねてきたエンジニア──には特に刺さると思う。
私はこの本を読んで転職したわけではない。ただ「今いる場所の意味」と「次に向かう方向」を、以前より解像度高く言語化できるようになった。それだけでも、この一冊の価値は十分にあった。
書籍情報
- タイトル: このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法
- 著者: 北野唯我
- 出版社: ダイヤモンド社(2018年)
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